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和歌山地方裁判所田辺支部 平成5年(わ)36号 判決

主文

被告人を罰金一〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人は、黒部國男と共謀のうえ、法定の除外事由がなく、且つ、環境庁長官の許可を受けないで、平成四年五月四日午前八時ころから同月五日午前七時四五分ころまでの間、吉野熊野国立公園の第一種特別地域に指定されている和歌山県西牟婁郡串本町高富七二八番地の石田圭一方南西約五〇〇メートル先の海岸(通称錆浦海岸)において、土石である石さんご七七三個(約一立方メートル)を採取したものである。

(証拠)(省略)

(適用法令)

1  罰条        刑法六〇条、自然公園法五〇条一号、一七条三項三号

2  刑種の選択     罰金刑を選択

3  労役場留置     刑法一八条

4  訴訟費用の負担   刑事訴訟法一八一条一項本文

(補足説明)

一  土石に該当するか否か

被告人及び弁護人は、被告人の採取した石さんごの死殻は自然公園法一七条三項三号において採取を禁止された「土石」には該当しないので、被告人は無罪であると主張し、その根拠とするところは、要するに、次の二点である。

(1)  石さんごの死殻は、貝殻と同じく動物の骨格部分を指し、学術的にも常識的にも土や石とは全く異なるものであって、貝殻を拾っても何ら自然環境に影響がないのと同様、石さんごの死殻を拾っても何ら自然環境に影響がないのである。

(2)  自然公園法一八条の二第三項一、二号(自然環境保全法二七条三項三、五号も同旨)は、海中公園地区(自然環境保全法では海中特別地区)につき、「鉱物を掘採し、又は土石を採取すること」のほかに、「さんごの採取」をも禁止しているが、このような規定の仕方を見ると、少なくとも海中については「土石」と「さんご」とは用語として明確に区別して使用されており、その「さんご」の中には、さんご虫(ポリープ)のほかにこれが造り出す骨格部分が含まれるものである。なぜなら、海中のさんごの中には、ポリープの部分が死んでしまって、骨格部分のみが岩盤に張りついているものがあるが、これを土石であるとし、さんごが生きている場合だけを「さんご」であるとして、その生死によって適用法令を異にするのは常識に反するからである。そして、このことは、自然公園法一七条の特別地域についても同様に考えるべきであって、同条は、「さんご」につき何ら規定を置いていないのであるから、特別地域においてさんごの死殻を採取したとしても不処罰とすべきものである。刑事罰の根拠となる法令の解釈は厳格になされるべきであって、同じさんごでありながら、その生死によって、「さんご」になったり、「土石」になったりするような解釈はおかしいし、そうでないとすると、海中公園地区又は海中特別地区以外では、生きたさんごを採取しても処罰されないのに、その海岸がたまたま特別地域に指定されている場合には、死んださんごを拾っても処罰されるという甚だ奇妙なことになるからである。

しかし、被告人及び弁護人の右の主張は採用することができない。そもそも、自然公園法一七条が特別地域を定め、その指定を環境庁長官に委ね、その地域内での土石の採取を原則として禁止し、その採取を許可にかからせたのは、すぐれた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図り、もって国民の保健、休養及び教化に資する目的のもとに(同法一条)、国立公園又は国定公園の風致を維持するため(同法一七条一項)のものである。ここに「風致」とは、人の五感に対して美的感興を与える自然物ないし自然現象を含む自然環境であると解されるが、これをうけて同法施行規則九条の二は、右のような特別地域を第一種ないし第三種に区分し、第一種特別地域は、特別保護地区に準ずる景観を有し、特別地域のうちでは風致を維持する必要性が最も高い地域であって、現在の景観を極力保護することが必要な地域をいう(同条一号)と規定しているのである。そして、自然公園法一七条三項は、国立公園につき、特別地域が指定、拡張された際既に着手していた行為や、非常災害のために必要な応急措置として行う場合などごく限られた場合を除き、環境庁長官の許可を受けなければ、次の行為をしてはならないとして、工作物の新築、改築、増築(一号)、木竹の伐採(二号)、河川、湖沼等の水位又は水量に増減を及ぼすこと(四号)、一定の湖沼、湿原及びこれらに流水が流入する周辺水域や水路に排水設備を設けて汚水、廃水を排出すること(同号の二)、広告物その他類似物の掲出、設置又は工作物等に広告その他類似物を表示すること(五号)、水面の埋め立て又は干拓(六号)、土地の開墾その他土地の形状変更(七号)、高山植物その他これに類する一定の植物の採取、損傷(八号)、屋根、壁面、塀、橋、鉄塔、送水管その他類似物の色彩の変更(九号)、一定の区域内での車馬、動力船の使用、航空機の着陸(一〇号)とともに、「鉱物を掘採し、又は土石を採取すること」(三号)を掲げ、同条四項は、公園事業の執行として行う行為(一号)のほか、「通常の管理行為、軽易な行為その他の行為であって、総理府令で定めるもの」(二号)については、この限りではないと定めている。そして、同法施行規則一二条は、これをうけて、「土地の形状を変更するおそれのない範囲内で、鉱物を掘採し、又は土石を採取すること」(一九号)その他三二の場合を許可を要しない場合として挙げている。これらの各法規の立法趣旨及び関係法規相互の関係に照らせば、自然公園法一七条三項三号にいう「土石」とは、国立公園の特別地域内の自然環境の中で土地の形状を変更することになる土石類、即ち、その地形を構成する自然物をすべて含み、これを岩石学的な意味における土と石に限定する趣旨ではないものと解するのが相当である。したがって、その中には、岩石、砂利、砂、火山灰、土壌のほか、石さんごの死殻や貝殻も右の地形を構成する以上当然含まれるものである。

しかるところ、前掲の各証拠によれば、被告人が採取した石さんごは、石さんごの骨格部分の死殻ではあるが、こぶし大から直径四〇センチメートルまでの塊となったものであることが認められ、前記のとおり、被告人は、これを七七三個、約一立方メートル採取したものであって、この行為が自然公園法一七条三項三号の禁止した「土石の採取」に該ることは明らかというべきである。

被告人及び弁護人は、右の「土石」をわざわざ「土」と「石」とに分解し、岩石学的な意味において、石さんごの死殻は土でも石でもないとか、石さんごの死殻を土石とするのは常識に反するとか主張するのであるが、自然公園法一七条三項三号所定の「土石」を定めるに当たっては、前記のように同法の立法趣旨や関係法規相互の関係などを総合して目的論的に決定されるべきものであって、純粋に岩石学的な意味からだけでこれを定めるのは正当とは思われず、また、右のようにして定められた土石の意味内容は、我々の常識に適うものであって、かえって、これを岩石学的な土や石に限定して、特別地域につき、その地形の変更を自由にすることの方が常識に反するというべきものである。

また、弁護人は、自然公園法一八条の二第三項一、二号、自然環境保全法二七条三項三、五号中に、「土石の採取」のほか、「さんご」についての規定があることを根拠にして、右「さんご」には、さんごの生きたものも死殻も含まれ、自然公園法一七条三項は、さんごについての規定を欠いているから、特別地域内でさんごの死殻を採取したとしても、不可罰であると主張する。しかしながら、証人黒田大三郎(環境庁自然保護局国立公園課課長補佐)も述べるように、自然公園法一八条の二第三項二号、自然環境保全法二七条三項五号は、海中のさんごの「採取」ではなく、「損傷」事件が発生したことを機縁として、このような行為に対処できるように改正されたものであるのみならず、右両法条は、明らかに「さんごその他の動植物」を「捕獲、殺傷、採取、損傷すること」を海中公園地区又は海中特別地区につき禁止したものであって、あくまでも動物としてのさんご(これには生きたさんごの部分と不可分一体となっているさんごの死殻も含まれる。)についての規定であり、死んださんご体については、自然公園法一八条の二第三項一号(一七条三項三号の準用による「土石の採取」)又は四号(「海底の形状の変更」)、自然環境保全法二七条三項二号(「海底の形質の変更」)又は三号(「土石の採取」)によるべきものである。そもそも、自然公園法や自然環境保全法は、さんごの保護のみを目的とするものではないのであって、右のように海中における動物としてのさんごの保護について明文を置きながら、その死殻について明確な規定を置いていないのは、右に述べたように「土石の採取」又は「海底の形質ないし形状の変更」で対処できると考えたからにほかならないと解すべきであり、それ故に、陸地である特別地域については、動物としてのさんごの採取についての規定を置かなかったものと解すべきである。また、海中公園地区又は海中特別地区以外の場所で生きたさんごを採取したとしても自然公園法、自然環境保全法上不処罰であるのは、これらが直接さんごの保護を目的として制定されたものでない以上当然のことであり、国立公園の特別地域内でさんごの死殻の採取が処罰されるのは、自然公園法の目的からこれまた当然のことであって、これらを専らさんごの保護の観点からだけとらえるのは右の各法律の趣旨を曲解するものというべきである。そうすると、自然公園法一八条の二第三項一、二号、自然環境保全法二七条三項三、五号中に、「土石の採取」のほか、「さんご」についての規定があるからといって、右「さんご」の中には石さんごの死殻も含まれるとか、自然公園法一七条三項に「さんご」についての明文の規定がないことを根拠として、特別地域において石さんごの死殻を採取するのは禁止されていないとか解釈することは、到底できないものである。

二  故意の有無

弁護人は、被告人は自己の採取した石さんごは、自然公園法一七条三項三号が採取を禁止した「土石」には該当しないと考えていたのであるから、それが土石であることの認識がなかったものであり、故意がなかったものであると主張し、仮にそうでないとしても、被告人は土石に該当するか否かの評価を誤った結果、自己の採取した石さんごは法律で採取を禁止された土石に該当しないと思ってこれを採取したものであるから、違法性の意識を欠き、故意がなかったものであると主張する。

しかし、被告人が本件犯行当時、自己の採取しようとしているのが石さんごの死殻であることを認識していたことは前掲各証拠上明らかであって、この点を認識してその採取をした以上、故意の要件としての事実の認識に何ら欠けるところはなく、これが自然公園法一七条三項三号に定める「土石」に該当するか否かについての認識は、故意の要件としての事実の認識に何ら影響を及ぼすものではない。また、被告人が右石さんごを同法条が採取を禁止した「土石」には該らず、したがって、これを採取することが許されると考えて採取したものであるとしても、それはいわゆる法律の錯誤があり、違法性の意識がなかったということであり、刑法三八条三項本文に照らせば、このようなことがあったとしても、故意の成立に何ら妨げとなるものでないことが明らかであるから、弁護人の右の主張はいずれも採用しない。

(量刑の事情)

被告人の本件犯行は、自然公園法に基づき、国立公園第一種特別地域に指定して、その風致を維持するため禁止している土石を採取したものであって、自然保護の観点からその責任を軽視することはできないものである。

しかし、被告人が採取した石さんごの量は判示の程度に止まり、その使用目的も自家用のものであったこと、犯行途中で発見され、石さんごは直ちに元の場所に復帰されていること、被告人は、これまで交通関係での反則行為のほかに前科、前歴がなく、職業をもって通常の社会生活を送ってきたものであることなど、酌むべき事情もあるので、これら被告人にとって有利な諸事情を十分考慮して、被告人には、主文のとおりの刑を科するのが相当と判断した。

(出席した検察官古井修充、国選弁護人山本栄二)

(求刑 罰金一〇万円)

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